「前史」

静謐ー。

家族の元に戻ったものの、結局のところ、また、一人暮らし、である。

話し相手がいない。年齢を考えると、急激に老化が進む要因なんじゃないか、と不安にもなる(笑)。

そこで、会話の代替手段として思いついたのがブログを書くことである。何を書こう。

日常?退屈極まりない。どっかの王さまのように「何もなし」で済んでしまいそうだ。

その退屈な日常の対極にあるような日々が、年に何日か訪れる。そこへ行くための日常である。

20年近くそんな日々が続いた。この先、どこまで続くのだろうか。

残しておくことも必要だろう、というのもブログの理由の一つ。

自分語りになりすぎず、昔語りにとどまらず。

シャンチー(象棋。中国将棋。)日本代表としての日々を、語ろう。

 

2021年2月14日 (日)

「武家と、義民と、学徒の血」

ご先祖様は江戸時代半ばまで、武蔵国の武士だったようである。

中世は「武蔵七党」に属し、北条、徳川と仕えて、ある時、武士を捨てた。

それだけの理由があったのだろう。そして奥州の果てに流れ着き、帰農した。

それでも田中姓を名乗り、名主のようなことをしていたという。

文化十年(1810年)、年貢減免を求めて藩内の百姓衆が強訴に及んだ(首謀者の名から「民次郎一揆」と呼ばれる)際には、

連判状に名を連ねたものか。武士を捨てたほどである。それは信義、信念、そういったものを貫くためだったとしても、何の不思議もない。

そして、御一新。これからは百姓でも学問しなければならぬ、学問を世の役に立てる人を育てねばならぬ、と、先祖は教育の道を選んだ。

ここでも武士の血が作用したか、祖父は「怒ると怖いが筋は通っている」タイプの先生だったらしい。

リアルで知っているのはここからで、娘(母)はどうでもいいことでも怒る人だったが(笑)、

筋が通らぬものには怒る、ここはおれにも受け継がれた。で、最近、筋の通らぬことがあって、結構おれは怒っているのである。

 

 

 

2021年1月21日 (木)

「ぴしゃん・ちゃりん・ずどどどど」

雪国の音です。大雪の後に晴天が続くと、本当にこういう音します。

屋根に日が当たると、まず端の雪が溶けて、滴となって地面に落ちていきます。ぴしゃんぴしゃん。

道の雪を積み上げたところでは、上の部分が大きめの粒になって少しずつ崩れていきます。

氷の結晶なので、ちゃりん、というような音がするのです。

積もった雪が自然に落ちていきやすいように、家の屋根には傾斜がついていることも多いのですが、

雪の塊が少しずつ滑り降りていって夜間気温が下がってまた固まる、さらにまた雪が積もる、ということが繰り返されると、

見事な「雪庇」ができることがあります。それが晴天で分子結合が緩むと、せり出した部分全て、数百キロ相当の重さが、

ずどどどど…どーん!という轟音とともに落下します。マジ危険。

降る時はいたって静かですが、融ける時の音は多彩。

音もなく木の枝に降り積もった雪が自らの重さでどさりと落ちる、

その光景を見て、大げさではありますが、「攻撃の極意だ…」と、なんだか悟ったような気がしました。

防戦一方と見せて、実は音もなく反撃の準備が整い、機が熟したところでいきなりどさりと落ちる。

雪は厄介ですが、ちゃんとシャンチーの役に立っているのです(笑)。

 

 

2021年1月 9日 (土)

「大雪」

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1月8日未明の画像です。場所は玄関の外。

玄関についても補足すると、雪国では玄関の外にもう一つ、ガラス張りの空間を作ることがあります。

ここで雪を払って屋内に入るわけです。このスペースでガラス戸を撮った画像。白いです。障子紙を張り付けたよう。

夜半に降りしきる雪が強風で吹きつけられてこうなっています。一晩で足首が埋まるくらい降った。

雪の日の朝、我々が一番に考えることは、「車を出せる状態にすること」。

まず車を出す。雪国の暮らしはシャンチーなのである(笑)。

車がなくても兵とか卒とか徒歩でが安全に進めるようにしなければならない。やっぱりシャンチーである(笑)。

スーパーまで歩いて行ける細い道をまず掘りました。これを広げて車が通れるように。直進してガレージに入れるように。

ガレージから母屋まで切り返し用のスペースを確保。

日が差すといっても申し訳程度、真冬日が続いてなかなか融けない。来週は最高気温がプラスになるようですが。

 

 

2021年1月 4日 (月)

「正月頭」

年末から3が日にかけて、「天天象棋絶賛20(くらい)連敗」。

レベル6はキープできていたのが一気に5に降下。正月なのでどことなく気のゆるみがあった、かもしれない。

まずは集中だが、それでもとんでもないミスが出る。ここだとスルーされたり、緩んでミスが出たりするレベルなので、

力任せで強引に押し切ることもできるが、7の手前だと許してもらえない。6には戻ってこれました。

2021年1月 1日 (金)

「さだで、そんどで、やぱはまり」

みなさま、あけましておめでとうございます。

本年も当ブログを、よろしくお願いいたします。

タイトルは現況報告であったり、今年の抱負であったりして。全部方言でまとめてみました。漢字で書くと「沙汰で、騒動で、刃はまり」

「さだ」は「沙汰(さた)」の転訛。訴え事の裁き、申し渡し、もともとはそういうこと。

そのためにはお白洲(奉行所)へ出頭しないといけない。それは大変。ということで、今では普通に「大変(なこと)」の意味です。

マイナス6度で雪降りしきる中、車通れるように雪片付け。「さだ」だ。

「そんど」は「騒動(そうどう)」。机の上や部屋の中が取っ散らかった状態。何か騒ぎがあった後のよう。

「さだ」なことがあると、周りを片付ける余裕もない。ちょっとした「そんど」である。

そして、「や(っ)ぱはまり」。とある業界では刃物のことを「やっぱ」と呼びます。同じ意味です。

常に刃物がはまっている人はなぜそうしているのか。いつでも喧嘩の助太刀に出られるようにです。

喧嘩があればすぐ助太刀に出る人⇒おせっかい焼きな人、という意味になりました。

何か大変なことがあったら、ポンコツな頭でもいろいろ知恵出して助けられる人でいようと思います。

日本シャンチー協会ともども、よろしくお願いいたします。

2020年10月31日 (土)

「イーブンパーの男」

こんな時期だが、出場したよ。

準決勝には進めなかったものの、最後勝って2勝2敗1和。勝率5割。

翌日、準決勝に残れなかった人向けに快速戦。ここでも最後勝って2勝2敗1和。勝率5割。

なんだかんだ言って最後帳尻を合わせる、と感心されたりもしたが、5割で帳尻合わせてるようじゃいけないのである。

2020年10月12日 (月)

「演奏に向かない指」

手が小さく指も短いもので、ピアノやギターは早々にあきらめた。(弾ける人は素直に尊敬する。)

代わりといっては何だが、スマホでシャンチー指す分には何の支障もない。

指が太いと隣の駒、動かしたい場所の隣をタップ、なんてことも頻発するようだが、わりと感覚をつかみやすい。

…車でジャンされたら負け、と覚悟した局面で、相手が車でジャンになる一つ先をタップしてしまって逆転、ということが実際にあったのですよ。

スマホならではのアクシデントである。

 

 

2020年9月20日 (日)

「Go To」

少しずつだが、人の動きが大きくなってきた。来月は日本選手権である。連休明けにはバスの確保。

宿はすでにキープ済みなんだが、「2泊でこれだけ?1泊分の値段じゃないのか?」と思わず二度見してしまったような値段。

ゲストハウスとかではなくれっきとしたシングルルームである。

12月分も別のところをキープ済みだが、補助クーポンのおかげでこれまた鼻血の出そうな値段。

田舎の人なので、ある程度の広さがないとよく眠れないのである(苦笑)。

2020年9月 2日 (水)

「画期的」

「Number」。硬派なスポーツ誌である。そのNumberで将棋棋士が取り上げられる、そうだ。

棋士は紛れもなくアスリートだ、と。英断である。囲碁棋士、チェスプレーヤー、シャンチー棋手もそうなのだと認めてもらいたいものである。

身体能力はあまり関係なく、技術の向上はただその競技にどこまで本気で向き合えたか、である。

代わりに頭良くないといかんのじゃないか(実際めちゃくちゃ頭いい人もいる)と思われるかもしれないが、

私のような馬鹿でも代表である。気にするな。

 

 

2020年8月23日 (日)

「勝負飯」

昨日今日と天津との交流戦。1局目は9時30分、最終局は15時。2局目終えて昼飯である。

自宅でオンライン対戦なので、昼も(夜の対戦は夕食も)自前。将棋のタイトル戦だと昼何食べた、カレーを食って勝勢、

そんな話題になったりもするが、自前である。うな重出てくるわけではないのである。そんな大したものを作れるわけでもない。

本日は焼きそば。中華鍋に油引いて炒めればよい。おれが作れるものなど大体そんなものだ。

思うに昨日の昼。午前中ひどい内容で連敗して、これは足りない、と思った。粘りとか深い読みとかそういうもろもろが。

粘りが足りない、粘ったものを食おう、ということで、昨日は納豆ごはんだった。そのかいあってか今日は引き分け2局、

全敗という不名誉は免れることができたのであった。何喰うか(どれだけ喰うか)意外と大事である。

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